囲碁の歴史09 昭和から平成へ




日本(にほん)の時代(じだい)の移(うつ)り変(か)わり
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昭和(しょうわ)平成(へいせい)の年表(ねんぴょう)を見よう


昭和46年、日本棋院(にほんきいん)市ヶ谷本院(いちがやほんいん)が建(た)てられ、高輪(たかなわ)から現在(げんざい)の千代田区五番町(ちよだくごばんちょう)に移転(いてん)しました。

現在(げんざい)の日本棋院(にほんきいん)東京本院(とうきょうほんいん)

日本棋院(にほんきいん)の対局場(たいきょくじょう)「幽玄の間(ゆうげんのま)
川端康成
(かわばたやすなり)が書(か)いた掛軸(かけじく)「深奥幽玄(しんおうゆうげん)」がある




プロ棋士(きし)では、坂田栄男(さかたえいお)、藤沢秀行(ふじさわしゅうこう)が活躍(かつやく)、また林海峰(りんかいほう)をはじめ、木谷門下(きたにもんか)大竹英雄(おおたけひでお)石田芳夫(いしだよしお)加藤正夫(かとうまさお)武宮正樹(たけみやまさき)らがタイトル者(しゃ)として名(な)をあげています。

昭和55年、大竹英雄(おおたけひでお)から名人位(めいじんい)を奪取(だっしゅ)した趙治勲(ちょうちくん)は、昭和62年、史上初(しじょうはつ)の公式戦(こうしきせん)七大(ななだい)タイトルを制覇(せいは)するグランドスラムを達成(たっせい)しました。

小林光一(こばやしこういち)は、昭和59年、十段戦(じゅうだんせん)で加藤正夫(かとうまさお)を破(やぶ)り、昭和61年には趙(ちょう)から棋聖位(きせいい)を奪取(だっしゅ)しました。

(ちょう)、小林(こばやし)の活躍とともに王立誠(おうりっせい)依田紀基(よだのりもと)王銘エン(おうめいえん)らが加わり国内棋戦(こくないきせん)だけでなく、世界棋戦(せかいきせん)も多数(たすう)出場(しゅつじょう)し、現在(げんざい)に至(いた)っています。




アマチュアの碁(ご)では昭和30年にアマ本因坊戦(ほんいんぼうせん)、昭和34年に全日本女流(ぜんにほんじょりゅう)アマ戦、昭和36年にはアマ十傑戦(じゅっけつせん)が開始(かいし)され、平田博則(ひらたひろのり)、菊池康郎(きくちやすろう)、故村上文祥(むらかみぶんしょう)、原田実(はらだみのる)、三浦浩(みうらひろし)、中園清三(なかぞのせいぞう)らが活躍(かつやく)しています。

菊池康郎(きくちやすろう)




昭和32年に全日本学生本因坊戦(ぜんにほんがくせいほんいんぼうせん)、昭和39年には全日本学生十傑戦(ぜんにほんがくせいじゅっけつせん)もスタートし、学生囲碁界(がくせいいごかい)も盛(さか)んになりました。


昭和48年、学習指導要領(がくしゅうしどうようりょう)の改訂(かいてい)にともなって必修(ひっしゅう)クラブが導入(どうにゅう)され、囲碁(いご)が小中高校生(しょうちゅうこうこうせい)に広(ひろ)まりました。


昭和40年から12年続(つづ)いた旧高校選手権(きゅうこうこうせんしゅけん)を発展解消(はってんかいしょう)し、昭和52年に第1回高校選手権(だいいっかいこうこうせんしゅけん)をスタートし、昭和55年には中学生以下(ちゅうがくせいいか)の少年少女大会(しょうねんしょうじょたいかい)も始(はじ)まりました。





平成8年、スペースシャトルエンデバー船内(せんない)で宇宙飛行士(うちゅうひこうし)ダニエルバリーと若田光一(わかたこういち)が宇宙(うちゅう)で初(はじ)めての試(こころ)みとして囲碁(いご)を楽(たの)しみました。

宇宙(うちゅう)では無重力(むじゅうりょく)のため、加工(かこう)された紙製(かみせい)の碁盤(ごばん)にペタペタ貼(は)るシール碁石(ごいし)が使(つか)われました。




昭和54年、第1回世界アマチュア囲碁選手権(だいいっかいせかいいごせんしゅけん)が開(ひら)かれ、中国(ちゅうごく)の聶衛平(じょえいへい)が優勝(ゆうしょう)しました。

昭和56年、中国(ちゅうごく)でプロシステムが確立(かくりつ)され、中国囲棋協会(ちゅうごくいききょうかい)が設立(せつりつ)されました。

現在、世界アマチュア囲碁選手権(せかいあまちゅあいごせんしゅけん)は約60ヶ国・地域(やく60かこくちいき)から代表選手(だいひょうせんしゅ)が出場(しゅつじょう)する大規模(だいきぼ)な大会(たいかい)となっています。







これからの「囲碁(いご)の歴史(れきし)」は君(きみ)たちがつくるんだよ。







おしまい



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