実践指導
@碁石は線の交わっている所に置く
A黒石、白石交互に順番に打つ
B一度置いた石は動かせない
或る幼稚園ではこれを「三つのお約束」として子供たちにお話ししています。園児でもこれはすぐ理解しますので、説明に時間はかかりません。
まず、碁盤(9路盤)と碁石に触れさせることです。実際に石を置いてもらいます。「碁盤の上には縦、横に線が引かれているね。交通道路みたいだね。路と路が交わっている所があるね」
「交差点だ!」と子供たち。
「そう交差点だね。碁石はこの交差点の上に置くんだ。交差点の上ならば、どこに置いてもいいんだよ。さあ、石を置いてみよう」
初めて囲碁をした保育園でこんなことがありました。
「先生、問題が起きたのでちょっと来ていただけませんか」と保母さん。
「どうしたの?」と見ると碁石をいっぱい置いて盤上からはみ出し、更にタタミの上まで打っているではありませんか。真剣な顔をして「この場合は、どうすればよいのですか?」と保母さん。
「僕も長年、碁を打っているけどタタミの上に打った人は初めてだ、これはすばらしい発想だよ!!」とみんなで拍手してほめました。そして、ほめられて得意になっている子供に「碁盤のはしっこは行き止まりなんだよ」と説明すればすく理解しました。
覚えたてでよく、辺の第一線やスミに石を打つ子供がいます。理由を聞いてみると「石が逃げやすいから」と言います。大人には見えない盤外の線を想像しているようで、ここに打つのがいいんだと思う子供の発想、考え方があるのでしょう。これを大人はすぐ咎めようとしますが、その場では教えず、ほおっておくことが一番です。本人の納得がいくまで第一線やスミの石は取られやすいことを、何度も実際に経験させることです。
「碁は自由でどこへ打ってもいいんだよ」と言っておきながら、第一線に石を打った子供に「何故、そんな所に打つんだ」と咎めたら、子供はどう思うでしょうか。「碁は自由ではないんだ」と感じ、碁の合理的な打ち方を教えようとしても子供たちには不合理な説明としか映りません。頭からダメだと大人の枠にはめて否定すれば、その子の発想から生まれるかもしれない秘められた未来への可能性をつぶしてしまうことにもなりかねません。子供の発想は自由で素晴らしいものなのです。
C石を囲う
私が子供たちに教えはじめた時、まず1図の形を示して「こんなふうに囲めば黒石が取れるんだよ」と説明していました。しかし、これでは子供たちの理解度が低いことに気づきました。この説明で子供どうし対局させてみると、ほとんどの子供たちが石を囲うことができていませんでした。そこで、初めから形を示すのではなく、子供たちにやらせてみることにしました。
「まん中に黒石を一個置いてごらん」
「その黒石を白石で囲ってみよう」白石を何個使っても、好きなようにやらせます。すると、十人中八人は2図のように八個の石で囲みます。中には3図のように囲う子供もいます。子供たちは自分の頭をフル回転させて、おもしろい囲い方を見せてくれます。
その子供たちの「囲み」をそれぞれ誉めてあげて、先ほどの2図の形を作らせます。
「白石、何個ある?」
「八個!」と子供たち。
「本当はね、碁では四個でとれるんだよ。さあ、やってみよう」すると、4図のように二通りが出来ます。
「こちらが正解だよ」と正しい形を示して、子供たちにもこの形をつくらせます。
「この形は何に見えるかな?」
「お花!」「星!」「手裏剣!」といろいろな子供たちのイメージが返ってきます。各自思ったイメージを大事にして、図形感覚で記憶させます。
「じゃあ、またお花の形をつくってみよう。出来たかな? 囲まれた石を取ってごらん」こんな感じで子供たちと会話をしたり、考えさせながら進めていくと、子供たちはだんだん引き込まれていき、理解しやすくなります。私が大人に教える時も、まったく同じ方法で行っています。
Dポンヌキゲーム(石取りゲーム)
石を囲うことが分かれば、すぐ「ポンヌキゲーム」で楽しみます。私はいつも磁石式の解説大盤(9路盤)を使い、子供たちを白と黒の二つの班に分け一手ずつ、リレー囲碁(連碁)をします。最初は石を一個でも取った方(班)の勝ちというルールで行います。
子供たちは大盤に向って二列に並び、向かい合って「お願いします」と先ず一礼から。勿論、ゲームが終わったら「ありがとうございました」をします。囲碁のゲームをする時は必ず、挨拶をすることをクセにします。これは普段の「いただきます、ごちそうさま、行ってきます、お休みなさい」など日常の挨拶と同じで、子供たちには礼儀(相手を思う、気持ちを伝える)そのものの意味を知らなくても自然と身につき、わかってきます。
連碁をすると、ほとんどの子供は打つのが早いのですが、中にはどこに打つかと盤を見つめて、じーっとしている子がいます。そんな時、まわりの分かっている子供たちや先生方はじれったくなって、思わず「そこじゃないよ、あそこだよ」などと口に出してしまいますが、集中して考えている時は、時間がかかっても邪魔をしてはいけません。私は「考えているから、もう少し待ってあげてね」と言って、じっと皆で待ちます。そのうち、さっきまで「あそこだよ、ちがうよ」と言っていた子供たちが、「○○ちゃん、がんばれ」の声援に変わりました。友達の声援を背に浴びて、上手く打てたよと誉められた時の子供たちの眼は輝いています。子供一人一人、小さなことでも見逃さずによく観察し、良いところを思いっきり誉めて自信をつけさせていただきたいと思います。
このリレー碁(連碁)は子供同士だけでなく、先生方と対戦したり、参観日には保護者とも打ったりして楽しんでいます。
解説盤が終わったら、今度は9路盤で各自打たせます。この時も口出しをしたり、教えたりしません。慣れるに従って取る石の数を一個から二個……十個へとふやします。やっているうちに、一度に二個以上の石の取り方やスミでの石の取り方等を発見して、その時、出来た形を基に自然に教えるようにします。
Eアタリと逃げ
5図の黒@と打った状態をアタリといいます。次に黒aで白1個を取ってしまいますよという意味で、もう1個打てば相手の石を囲んでしまう状態です。石取りゲームをしていくと、子供たちは、だんだんアタリが分かってきます。自分でアタリを発見できるようになった子供は相手の石を一生懸命、追いかけまわします。それも相手の石を取ることに夢中になりすぎて、自分の石が取られるのがわからない程です。何度も石を取られ繰り返していくうちに、自分の石がアタリになっていることに気づくようになり、5図のaに白石を置いて逃げることを発見します。それを発見した子供には「〇〇ちゃん、すごいね!石の逃げ方を発見したよ」とその場ですぐ誉めます。それを聞いた子供たちは「どれ?どこ?」と集まって〇〇ちゃんに教えてもらい、自分たちも早速試し始めます。
アタリと逃げが分かってくるとまだ教えてもいないのに、シチョウの手筋を発見する子供がいます。シチョウとは6図(A)(B)のようにアタリアタリの連続で石を追いかけ、逃げる方は碁盤のはしで行き止まり、石をごそっと取る手筋のことです。こんな時も『これはすごい!スーパーテクニックだ』と誉めます。誉められたその子は、得意になって相手を代えてはシチョウを仕掛け、他の子も手筋を覚えていきます。子供たちはこの手筋を『階段』と言っています。英語でもシチョウのことをラダー(階段)と言います。子供たちの感覚は外人と同じですね。
このように子供たちは、一人が発見するとお互い教えあったり、励ましたり、張り合ったりしながら囲碁の楽しさ、不思議さを実感していきます。大人が子供に教えるより、子供が子供に教える方がすぐ理解できるようです。それは子供たちだけの世界、子供たちだけが通じる言葉があるんだなと感心します。
F着手禁止とコウ
囲碁のルールで厄介なのが着手禁止とコウです。これをまともに教えようとしても、すぐ理解できる入門者はいないと言ってもいいでしょう。碁石は盤上の交点に置けば、どこに置いてもよいと説明しておきながら、実は打ってはいけない所があると話せば、『囲碁はむずかしい』と感じ、さらに形は似ているが、相手の石が取れる場合に限り打ってよいなどと話せば『ますます分からない』と思われてしまいます。
通常、教える側はルールの項目だけ掲げておいて「今は覚える必要はありません」「このルールは後で説明しましょう」とその場では教えず軽く流す方が無難です。
7図を見てください。白石4個に囲まれたaの交点があります。この図は黒石を取り終わった後の形と同じです。白からはaと打てますが、黒からaと打つのはルールで禁止されています。すでに囲まれている所に打つのは自爆行為で反則負けとなります。こんな説明をすぐ初心者にしても理解出来ないでしょう。子供なら尚更です。
最初は黒aと打ってくる子供に打てないルールがあることを教えようとしました。
「そこに石を入れてはいけないんだよ」
「なんでだめなの?」
「こういうルールがあるんだ」
「でも、なぜだめなの? なぜそんなルールがあるの」 いくら話をしてもその子は納得しません。さらに分かるように教えてくれと言います。こちらもとうとう、説明できなくなってしまい、困ってしまいました。
じゃあ、入れてもいいルールにしよう」ということで、試合続行です。 私はその子が打った黒石を取り上げて「取っちゃうよ、取っちゃったよ!」と大げさに取ってみせて私のハマに入れました。
「なぜ僕の石を取っちゃうの?」
「ほら、この黒石は白石に囲まれているよ。囲まれた石はどうなるんだっけ?」
「そうか、取られちゃうんだ。」 こんな会話で、納得し始めます。その子も2〜3回同じような事を繰り返しますが、そのたびに石を取り上げてしまいます。石が取られるくやしい思いを経験することで、もうそこには石を入れなくなりました。
今、子供たちはこの着手禁止の交点のことを『落し穴』と言っています。子供たちが勝手につけたネーミングですが、そこの穴に落ちたら自爆行為であることがちゃんと分かっているのです。また、「入れてもいいルール」のおかげで相手の石が取れる場合に限り打ってよいなどと説明する必要がなくなりました。
8図を見てください。白△がアタリになっていて、黒aと打ち白△を取り上げることが出来ます。そうすると今度は黒aがアタリとなり、白△と打てば逆に黒aを取ることになりますが、それでは黒と白の取りっこが永遠に続くことになり、いつまでも終わりません。このような形をコウといいます。ルールでは黒aの後、白は一回以上他の箇所に打った後でなければ白△には打てないことになっていて、このことをコウ立てといいます。このコウについては子供たち同士で話し合い、解決させています。
或る子供同士で打っている時、コウが出来ました。何度も取合いをしています。勿論、私は知らん顔で黙っています。最初は面白がって取合いをしていた子供たちも、永遠と続くことに気がつき始めます。そして私を呼び、聞いてきます。
「先生、これ取りっこしているけど終わらないよ、打つ石がなくなっちゃったよ」
「ほんとだね、終わらないね。石はいっぱい取れるけど打つ石がなくなっちゃうね」
「先生、どうしたらいいの?」
「どうしようか? みんなで考えてみよう」
「そこは終わらないんだから、そこに打つのは止めればいいよ」
「止めてどうするの?」
「この碁は終わりだ、引き分けじゃないの」
「でもこんなに石を取ったんだから、僕の勝ちだ」
「いや、まだ打つ所がいっぱいあるんだ、わからないよ」
みんなで思い思いに考えた意見がでます。そして子供たちは話合いの末、コウの所に打つのを止めて別の所に打つというのがいいだろうと結論をだし、解決したのです。囲碁ルールとは異なった結論になりましたが、子供たちが考えてつくったルールです。子供たち同士で知恵を絞り納得できるルールをつくり解決したのですから、私はこれでいいと思います。いくら口頭で説明するより、子供たち自身が体験し考えながら学んでいく方が、ますます興味が涌きコウを理解しやすくなるからです。
G陣地取りゲーム
興味を示した子供たちはどんどん強くなり、ポンヌキゲームから陣地取りゲームに発展していきます。一個取ったら勝ち、から始まって三個、五個、十個と増やしていくとそのうち、子供たちは盤面に石を置くところが無くなるまで石の取り合いをします。
当然、地を囲むということを知らない子供たちですから自分の陣地に石を置いたり、わざわざ相手の陣地の中に石を放り込んだりしながら、石を置くところが無くなるまで打っています。しかしそのうち疑問を持ちはじめてきて、相手の陣地に石を入れると取られることが分かってきます。その時に「これ以上置けないね。この囲っている所が黒の陣地だよ」と説明します。そんなことを繰り返していくうちに陣地という概念が生まれて、相手の陣地には入らず、自分の陣地をつくるようになります。あくまでも急がず、教えるタイミングを見計らって陣地取りゲームに発展させていきます。
まず、9図のように石を置かせて、子供たち同士で対局させます。右の方が白の陣地で、左の方が黒の陣地です。真ん中をどっちが多く陣地を取るかの競争です。これを何度もやって陣地が理解できたら、何も置かないでゲームをします。もうここまで来れば、子供たちはどんどん伸びていき、19路盤での対局が目前となります。
入門の指導者
当然、碁の打てる人が教えるのだと思われるでしょうが、碁の打てない人でも子供たちに教えることが出来ます。現に私が廻っている幼稚園・保育園の保母さん達のほとんどは、碁が打てません。でも、立派に教えています。
前述の通り「囲碁を教える」ことではなく、「囲碁で教える」ことが目的だから出来るのです。なによりも、日頃から子供たちと信頼関係のある先生の方が適任なのです。
そうは言っても囲碁を新たに取り入れることになった園の保母さん達は皆、最初とても不安になったそうです。
「囲碁を知らないのに教えられるのかしら?」「なんで囲碁なの?」こんな事を思いながらも、園児と一緒になって囲碁をしていくうちに保育の一環であることを実感させられるそうです。その不安になられた保母さん達も今では独自の工夫を取り入れたりして、体を使っての人間囲碁ゲームや囲碁ビンゴゲームなど実に上手く指導されています。囲碁を打てない先生方の指導方法はユニークで新鮮です。逆に私自身の指導方法の勉強になり、これが今では私の指導基本となっています。
そう、先生たちと子供たちとのリレー碁で面白い事がありました。一人の保母さんが「本気でやってもいいんでしょうか?」と私に聞いてきました。「勿論です!」と私は答えました。ところが結果は、子供たちの勝ち。先生方も幼児の能力にあらためてビックリしていました。
『いつもは落ち着きがなく、一時もじっとしていない子が囲碁に興味を持ち、じっと座っている。目を疑うほどだ』とか、『子供が興味を持ってする事のすごさ、集中力のすごさにあらためて感動を覚えた』など保育者からのレポートが多数寄せられています。
今まで、幼稚園、保育園での園児指導を中心に述べてきましたが、これが小学生、中学生、高校生が相手の場合は、もっと呑み込みがはやいでしょう。技術面の指導は、園児よりしやすいはずです。でも、生徒たちに興味をもたせ、興味を持続させる、「囲碁を教える」のではなく、人間形成、教育の一環として「囲碁で教える」という指導基本は中学生でも高校生でもまったく同じだと思います。
棋力が弱いからということで教えられないと思われていた先生、躊躇されている先生方には、これを機に是非、自信を持って子供たちへの指導をお願いしたいと思います。
囲碁で教える
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