プロ


  プロの囲碁組織がないヨーロッパでは、当然ながらプロ棋士の存在もない。そうなるとプロそのものに対しても、”すごく強いんだろうー”ぐらいの事はあっても、その実体がどんなモノかは一般に殆ど知られていない。

ましてこれが職業、収入を得るものとは思われていない節が多々有り、
”本当の職業はなんだっ?”
と、詰め寄られる事もしばしばある。けっして彼等が悪いのではなく、知らないものは仕方がないのだ、と思う。
以前と比べれば、囲碁そのものは確実に広まり愛好者は増えているものの、環境はまだまだ未開拓と言っていい。

 6年前、来たばかりの頃は誰も自分を知らないから、まず顔を売らなければいけなかった。何しろ相手はプロが何だか良く分かってない世界の人達だから、最初は大変だ。
まるで新人歌手の売り込み活動さながらに、”私、プロという者ですが、指導におじゃまさせて頂いてもよろしいでしょうかー?”

こんな感じで、目星を付けた大会やイベントの主催者に手紙やeメールを送り、勝手に出かけて行った。
交通費は自分持ち、宿泊代は地元囲碁愛好家の家に泊めて頂いてうかし、無料で指導する。これを普及活動と言えるか、否か?かなり疑問だけれど、その時はとにかく実情を知る、人を知る事に必死だったから仕方がない。次のステップへの準備期間であった、と思う事にしている。

 このところは、嬉しい事に相手側から”Invitation"招待を頂く事が多くなり、それが重なったりなんかして、断ったりする様な事まで起きて(それはそれで複雑な心境なのだけれど)なんと言うか、 本当に嬉しいのである。
つい先日も某所から子供大会指導のお誘いを頂いた。逸る心を押さえて、何をどうしてくれるか、するのか、条件を聞く。返事の前にダメを詰めておかない事には、後々トラブルの元になり兼ねない。

『滞在中の経費ともちろん交通費も出します。』   
指導料はなくとも子供活動は最優先である、一応の手配はしてくれるようなので安心して引き受けた、、、、が。
何度か相手とやり取りするうちに、”交通費”にもいろいろある事に気が付いた。
千キロ以上離れた某所の大会=飛行機、と頭から信じたのは私の勝手読みで、それはシャトルバスで往復する際の交通費だった。

コワイもの見たさで恐る恐る聞けば、ミラノから直行バスで20時間との事。驚いたのなんの、久々に目の覚める手筋を食らった感じだ。さすがに相手も私の顔色を察してか、『150$しか交通費はだせないが、どうか来て欲しい。子供達も待っている』 
最後の殺し文句を言われては、やはり行かねばなるまい、 と決意した私。バスで缶詰状態よりは電車の方が快適なはず、、、思い立ったらもう止まらない、欧州路線地図と時刻表を広げ出し研究に入る。

 こちらに来て以来の鉄道マニアである。最短時間で安全に、また彼等の予算以内で行くように模索するのは難解パズルに挑戦する様なもので至極楽しい。どきどきする。
その結果、夜行で乗り継げば同じく20時間程で目的地に着く事が分かった。達成感と満足感で自然と笑みが溢れる。

 ふと振り返ると、背後からダンナがこわーい顔してこちらを睨んでいるではないか。
「You are crazy!」
彼いわく週末2日間の大会の為に往復40時間かけて、見知らぬ国に、列車を乗り継ぎながら、雪の中を、女一人で行くなんて信じられない、少しは自分の身も考えろー!と怒り爆発、こんな事を一人楽しむ私は無気味らしい。 

 彼の言い分は尤もだ、と思いながらもそれだけでは割り切れないものがある。上手く説明出来ないけれど。
ともかく経験上、こうした件でお互い合意した試しが無い。ここでは柔軟性が無ければ生きて行けない、良い意味のいい加減さと、気楽さが必要不可欠なのだ、、、。と、自分に言い聞かせ、ダンナの気遣いに感謝し飛行機で行く事で一件落着した。

ついつい体力や安全性を忘れて、暴走するのが私の悪い癖、と分かっていても止められない。願わくば夫婦喧嘩などしなくて良いくらいに、囲碁環境も少しずつ改善して欲しいものである。